講演レポート

現実世界とバーチャル空間を融合するデータ同化技術の可能性

当社が現在事業化を見据えて取り組んでいる技術の一つが、「データ同化」です。産官学の領域を超えた立場から、この分野の研究を精力的に進められている京都大学 産官学連携本部の菊地亮太氏に、データ同化技術の基礎知識や将来の展望について伺いました。

菊地 亮太 氏
菊地 亮太 氏

京都大学 産官学連携本部 研究員
宇宙航空研究開発機構 研究員
DoerResearch株式会社 代表取締役


東北大学工学研究科在学中から日本航空宇宙学会にて優秀発表賞を受賞するなど航空機の安全かつ効率な運航を目指した運航・制御技術について精力的に研究したのち、株式会社富士通研究所 人工知能研究所に在籍、様々な分野・業種に対するデータサイエンスや機械学習などの実応用を目指した研究テーマに取り組む。
研究活動を進めるうえで産官学の関係性に課題をもち、富士通研究所に勤めながら副業としてDoerResearch株式会社を創業し、研究機関・大学・企業と協力した研究開発に取り組んでいる。富士通研究所から独立した際に、「産」「官」「学」という個別の領域を超えた活動をするために、宇宙航空研究開発機構 航空技術部門の研究員、京都大学産官学連携本部に並行して所属することで、技術シーズと事業とをつなぐ産官学連携活動にも従事している。

データ同化技術とは何か

 科学技術の研究や製造設計を見越した活動には、実験・計測をする技術と、計算・シミュレーションをする技術の2つがあります。
 実験技術は日々発展し、最近では空間方向(面・空間計測)、時間方向(高周波数計測)に拡がりを見せています。また、数値計算技術も、コンピュータの大型化に伴い計算格子の精緻化や数値計算スキームの高精度化など発展し続けています。ただし、私はこのまま両手法とも別々に開発を進めていくことで、本当に将来の社会的要請を満たす良い道具ができるのかという疑問を持っています。そこで、両者をうまく繋ぎ、ループを回して不確実性を小さくするデータ同化という技術を使えばより良い道具づくりに貢献できるのではないかと考えました。

 データ同化は、シミュレーションと観測・計測値を融合し、両者の有効性を最大限に引き出すことができます。実は、私たちの生活になくてはならない身近な技術なのです。例えば、気象庁が行っている気象予報では、気象衛星などを使って収集した観測値をシミュレーションに融合するという処理を実施しています。このように、観測、理論、数値予報に加え、データ同化という4つ目の道具がなければ高精度な気象予報は実現できません。工学分野でも同様です。例えば流体工学の場合、理論、風洞実験(実験流体力学)、数値シミュレーション(数値流体力学)という3つの道具に、データ同化という4つ目の道具が新しい道具立てとして役立つと考えています。このアプローチは、計測・計算を利用するあらゆる分野で重要になります。
 最近「デジタルツイン(仮想空間に現実の施設などを再現すること)」というキーワードを聞きますが、データ同化はまさに「現実」と「バーチャル」を効率よくつなげる技術体系です。例えば、施設の自動制御、データ収集などを高度化・最適化する場合には、現実世界の施設の計測をより適切に行う必要がありますが、コンピュータ上の施設についても、予測をより高精度に行う必要があります。データ同化を使うことで、両者をつなぎ、精度を高めることができます。まさに、データ同化によりデジタルツインを加速できるのです。
 データ同化の手法はいくつかありますが、代表的な手法であるカルマンフィルタはシミュレーションの確立分布を観測値に応じて更新することで推定値を得るものです。これは、シミュレーションと観測それぞれに「不確実性」があるという前提条件のもとに、2つの誤差をうまく使ってお互いを補い合い、現実に近い情報を推定します。

データ同化技術が解決する課題は何か?

 実際に、現実世界とバーチャル空間をつなぐデータ同化の適用事例をご紹介しましょう。例えば「地形性乱気流の高精度再現のためのデータ同化」です。空港周辺で発生する乱気流について、高解像度シミュレーションを実施しようとすると非常に計算コストがかかります。また、毎日の運用にスーパーコンピューターを使うわけにもいきません。何かリアルタイムに計算可能なインターフェースが必要だと考えました。

 ここでは、リアルタイムに計算が可能な縮約モデルと空港観測をデータ同化により組み合わせることで、初期条件を高速に推定し、リアルタイム高解像度の気象解析を実現しました。山形県の庄内空港において、空港観測の情報を取り込んでリアルタイムに気象予測を実施し、離着陸時の意思決定を支援する情報を生成することに取り組んでいます。

 データ同化のもう一つの取り組み事例は「日本酒造りを手助けするシステムの開発」です。醸造のシミュレーションと、醸造時の計測データを組み合わせたデータ同化システムを作ることで、醸造現場で活かせる情報を算出しながら、実際に日本酒を醸造してみました。
 日本酒の製造にはさまざまなプロセスがありますが、今回、データ同化に取り組んだのは仕込み、すなわちアルコールを発酵させるプロセスです。日本酒の発酵プロセスは、ワインやビールよりも複雑で、糖化のプロセスとアルコール発酵のプロセスのバランスをとりながら醸造しなければおいしい日本酒はできません。そこで、醸造プロセスを数理モデル化しシミュレーションできるようにして、日々の計測データを利用したデータ同化を行いました。数理モデルだけでは表現できない部分は機械学習で補い、温度の上げ下げや加水タイミングなど日々の醸造の支援情報を算出するシステムを作りました。実際にでき上った日本酒は、酒造メーカーさんからは、典型的な醸造パターンと比較しても大きく異なるということはなく、実際に醸造する際の妥当な制御範囲に入っているという評価をいただきました。

産官学の「領域を超える」活動で課題解決に挑む

 データ同化とは、実験・観測と数値解析シミュレーションの研究手法の領域を超える技術です。さらに、ご紹介した航空機から日本酒まで分野を超えた取り組みがあります。
 また、私は京都大学の産官学連携本部に所属しながら非常に変則的な働き方をしています。もともと大学院を出たあと、富士通の人工知能研究所に勤務しましたが、研究を効率よくやるために課題感を感じ、副業としてDoerResearchという会社を設立しました。その後、いろいろなお付き合いの中で、宇宙航空研究開発機構の招聘研究員や、京都大学産官学連携本部の特定助教なども務めています。
 今回のKKE Vision2022のテーマは「領域を超える」だと聞いています。私自身、研究手法の領域を超える取り組み、そして研究分野の領域を超える取り組み、さらに、産官学という領域を超える活動を続けてきました。1つの組織だけに属しているとどうしても見えないものがあると思っています。引き続き、3者に同時にまたがりながら皆さんとお話することによって、研究者・技術者が力を効率よく発揮し続けて、学術研究、事業、社会を巻き込む新しい渦を作り続けたいと考えています。

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