講演レポート

気候変動により激甚化する水害に対してどのように備えていけばよいのか

当社では、河川水位を確率的に予測するリアルタイム洪水予測システム「RiverCast」を展開しています。RiverCastの社会普及に向けて技術と社会の両面からアドバイスをいただいた東京大学大学院 工学系研究科の池内幸司教授に、近年の水害の現状や社会全体で進めていくべき対策についてお話しいただきました。

池内 幸司 氏
池内 幸司 氏

東京大学大学院 工学系研究科 社会基盤学専攻 教授

1982年東京大学大学院工学系研究科修士課程修了後、旧建設省に入省。国土交通省近畿地方整備局長、水管理・国土保全局長、技監、顧問などを経て2016年より現職に就く。長年、水害対策を中心とした自然災害の防災対策を担当。「クローズアップ現代+」など多くのメディアで防災の重要性について説くほか、主な著書に「水害列島日本の挑戦」「激甚化する水害」などがある。専門は、河川工学・水災害リスクマネジメント。博士(工学)。

知ることで減らせる被害がある

 私は長年、水害対策を経験してきましたが、近年の水害の発生状況は異常だと感じます。2020年7月豪雨では、九州などで総降水量が7月の月平年値の3倍を超える地点や、年平年値の半分以上となる地点がありました。2019年、2018年にも、記録を塗り替える大雨が発生しています。
 2020年7月の豪雨災害では、熊本県の球磨川が氾濫し、市街地が水に浸かりました。熊本県内だけで65名の方が亡くなり、約7400棟の家屋被害が発生しました。ここで憂慮すべきは、亡くなった方のうち、球磨村の特別養護老人ホームの入所者14人を含め6割を超える41人が自宅の中や敷地内で発見されたことです。過去の水害時の死者の発生状況で多かったのは、川からあふれた水で流されるケースや川や水路に転落するケース。それに対して、近年は雨の降り方が激しさを増し、自宅から避難しないと危険な水害が増えてきていると言えます。
 球磨川の氾濫では、市街地全体に氾濫流が流れ、川から100メートル離れた場所でも流速3メートル以上の速さで流れていたところもあったそうです。人はもちろん、家すら流されてしまいます。しかし、そのような状況でも、ある地域の方は全員助かっていました。そこでは防災に非常に熱心な町内会の方がいて、その方が中心となって日ごろからタイムラインを作って避難訓練をしていたそうです。なので、このような悲惨な状況になってもこの地区の住民の命は助かったのです。

 被害に遭われた方は「こんな災害は想定していなかった」とおっしゃる方が多いのですが、災害前に公表されていた球磨川のハザードマップで浸水想定区域を見ると、実際の浸水範囲とほぼ一致しています。十分に想定されていたのです。こういった水害の恐ろしさを、もっと社会全体で認識すべき時がきていると感じます。事前に状況を予測し、リスクを把握して避難訓練をすれば、水害は対応できる災害です。
 もう一つ注意していただきたいのは、水害では降雨から危険な状況になるまでリードタイム(猶予時間)があるということです。大雨特別警報が出ると、皆さん警戒されるでしょう。しかし、大雨特別警報だけにとらわれないでほしいのです。というのも、大雨が降ってから下流まで洪水が到達するのに、半日から1日、場合によっては1日半以上もかかることがあるのです。そのため、空は晴れているのに突然洪水が来ることもあります。大雨特別警報が解除されたので避難場所から戻るという人が多いのですが、大雨の情報だけで判断すると非常に危険です。大雨の情報だけではなく、洪水予報にも注意してください。
 気象庁では、大雨による災害の危険度の高まりを5段階の色分けで地図上に表示する「キキクル(危険度分布)」をホームページで公開しています。ぜひ利用してみてください。

地震が先行しているBCP、次は水害へ

 2018年の西日本豪雨災害では、倉敷市の地域の拠点病院が浸水して孤立し、入院患者らが自衛隊のボートで救助されました。入院患者の方々が、命の危険にさらされる危機一髪の状況でした。2005年に米国で発生したハリケーン・カトリーナ災害では、多くの病院で電力が途絶し、治療の継続が困難になりました。わが国の災害対応は、地震対策は比較的しっかりとできています。ところが、水害に対する対策はなかなかできていません。企業のBCP(事業継続計画)でも、地震に対するBCPは策定していても水害に対するBCPは策定していないところが多いようです。しかし、地震と水害では対応が異なります。
 例えば、病院などは地震の際に非常用電源設備が稼働し、機能が維持されることが多い。対して、水害では防水対策が施されていない地上や地下の非常用電源設備や燃料補給設備が浸水によって機能停止し、全電源喪失となる可能性が高いのです。
 一方で、災害応急対応については、地震と異なり水害には災害発生までにある程度リードタイムがあります。災害が発生する前に、浸水しない場所への避難や重要な資料・機材、水と接触すると危険な物質の移動といった被害の回避・軽減措置を講ずることができます。
 水害時に災害対応の主体となる市町村でもBCPの策定を促進する必要があります。水害時に市役所などが水没し、災害対応に重大な支障をきたした事例が少なくありません。災害時に資源(人、物、情報等)が制約を受けた場合でも業務を的確に行えるよう、BCPの策定が必要です。

社会全体で進める「流域治水」

 気候変動により豪雨時の雨の量が増えてきています。パリ協定(2℃上昇)の目標が達成され、全世界で理想的にCO2を削減できた場合でも豪雨時の降雨量は約1.1倍、洪水流量は約1.2倍、洪水発生頻度は約2倍になると想定されています。過去の降雨や潮位の実績だけを参考にするのではなく、気候変動に適応した治水計画・施設設計が必要です。
 もう一つ大切なのは、「流域治水」への転換です。氾濫をできるだけ防ぐ・減らす、被害対象を減少させる、被害の軽減や早期復旧・復興を行うためには、河川や下水道などの施設整備だけでは追いつきません。集水域と河川区域のみならず、氾濫域も含めた流域の関係者全員でハード・ソフト・まちづくりに総合的かつ多層的に取り組んでいかなければ立ち行かないのです。

 宅地建物取引業法施行規則の一部が改正され、2020年8月から不動産取引時に水害ハザードマップを提示し、対象物件の概ねの位置を示すことが義務化されました。また、流域治水に関する法律も整備されつつあります。企業における水害を対象としたBCPの策定が必須になっていくと同時に、これからの水害対策は皆さん自身が自分事としてとらえて具体的に対応していくべき時代にきていると思います。

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