講演レポート

インタースペースとコモングラウンド:汎用空間記述が開く新しい社会価値

デジタル技術により社会基盤が急速に変化している昨今、新たな空間記述の在り方を整備することが重要となっています。本記事では建築家であり東京大学生産技術研究所 特任教授の豊田啓介氏に、モノと情報が重なる共通基盤である「コモングラウンド」の考え方や、その社会実装に向けた取り組みについて伺いました。

豊田 啓介 氏
豊田 啓介 氏

東京大学 生産技術研究所 人間・社会系部門(5部) 特任教授
株式会社ノイズ
株式会社gluon


東京大学工学部建築学科卒業後、安藤忠雄建築研究所、コロンビア大学建築学部修士課程、SHoP Architectsを経て、2007年より東京と台北をベースに建築デザイン事務所noizを設立。2021年より東京大学生産技術研究所特任教授、および株式会社ノイズ・株式会社gluonを兼任。コンピューテーショナルデザインを積極的に取り入れた設計、製作、リサーチ、コンサルティングなどの活動を、建築からプロダクト、都市、ファッションに至るまで他分野横断型で展開している。

コモングラウンドとは何か?

 「コモングラウンド」は、もともとは西田豊明先生(現・福知山公立大学情報学部長)をはじめ、人工知能の領域、中でも会話情報学の分野で使われている概念です。2018年度人工知能学会全国大会の基調講演に向けた前文で、当時、京都大学大学院情報学研究科教授で人工知能学会会長を務めていた西田先生は「人間社会が人工知能のもたらすベネフィットを最大限に享受できるようにするためには、人間社会と人工知能がともに依拠できる『共通基盤(Common Ground)』を構築し、発展させていく手法を確立することが不可欠です」と記されています。
 人と人との会話では成り立つ言葉が、AIとの会話ではぎこちなくなります。それは、人間は辞書的な意味をやりとりしているだけではなく、文脈的、文化的な、さまざまな曖昧な条件を背後で共有した上で会話をしているからです。私がこれを聞いた時、ちょうど、人間と人間でないもの、住宅、環境、ロボットなどにおける空間記述との認識の難しさに頭を悩ませていたところで、西田先生にもアドバイスいただいて、このコモングラウンドという概念を空間記述という領域に拡張させることができるのではないかと考えました。現在、空間記述に特化したコモングラウンドを体系化しようとしているところです。

 ゲームの世界では「NPC(Non-Player Character)」という概念があります。ゲームの環境内で自律性を持つエージェントを指します。私たちはこれを転用した「NHA(Non-Human Agent)」(非人間エージェント)という用語を作りました。
 昨今、自律性を持ったエージェントが日常生活に突然、たくさん入ってきています。デリバリーロボットやナビゲーションロボット、会議用のアバター、VR空間のキャラクター、ARのアバターなどです。NHAが現行の物理空間を認識するのは容易ではありません。空間内の物体の形を認識するだけならいいのですが、動かせるのか動かせないのか、ぶつかっても大丈夫なのかといったフィジカル環境までを認識することはできないからです。NHAが人間同様に空間認識して動作できるように、現実空間を事前に3Dデジタルデータ化して利用できるようにしておくことが必要です。

NHA(Non-Human Agent)の視点で都市と建築を考える

 大切なのは、NHAの視点で都市と建築を考えることです。これまでは、人間が社会の唯一の受益者であり、行為者であることが前提でしたが、それが突然崩れました。これからの社会には、ロボットが認識しやすい駅、アバターが認識しやすい黒板といったものがないと、それらの間接的な受益者である人間も利益が得られなくなります。建築家にも、NHAにとってバリアフリー性の高い建物を考える基準やノウハウ、仕組みを持っているかが問われることになります。
 具体的には、病気で寝たきりになっている子どものアバターがサイバー空間内の学校に行って学ぶといったことができるようになります。その際、教室のレイアウトなどが、その子にとって動きやすいようになっていることは一つの人権でもあるわけです。そのような拡張したバリアフリーの概念は、サイバーやロボットが当たり前の世の中においては、エシカル(倫理性・道徳性)やポリティカル(公平性)の議論の範疇に入ってくる可能性があります。社会的にも重要度が高まるでしょう。
 そのために私たちが進めていることは、デジタル空間における記述形式を汎用化することです。「都市OS」と呼ばれる領域も注目されていますが、「都市OS」の定義も現状は曖昧です。単に多様なIoTデバイスが接続できるというだけでは、コモングラウンド、すなわち空間汎用性は実現しません。私たちは「インタースペース」と呼んでいますが、物理空間と情報空間を相互連携する包括的な空間記述体系が必要です。その枠組みができることで、さまざまな産業領域が共通的に利用できるようになります。

 これを実現する可能性を秘めた最たるものが「ゲームエンジン」だと考えています。空間的にも時間的にも人間の活動領域とリンクし、マルチプレーや相互通信ができ、様々なAIが階層的に入っていて、世界中で何千万という単位でコピーされバグを起こさない。とても優れた技術体系だと思います。ただ、現状はバーチャルに閉じている点が問題です。今後必要なのは、ゲームエンジンを現実世界に適用し、環境とエージェントの間での空間記述をリアルタイムでシェアできるネットワーク基盤を整えることです。これが私たちの進めるコモングラウンドの大きな考え方です。

社会実装に向けた取り組み

 プラットフォーマー企業は時代によって変遷してきました。1980年代の第一世代は、トヨタやソニーなどのモノづくり企業でした。第二世代はGoogleやYahoo!などの情報プラットフォーマーです。その後、情報で物を扱うAmazonやAlibabaなどの第三世代、情報プラットフォームで既存の世界を扱うUber、Airbnb、WeWorkなどの第四世代へと移ってきました。第五世代は情報プラットフォームで都市全体を扱う企業です。
 日本企業はもう終わったという声もありますが、情報のプロフェッショナルがいくら頑張っても、モノを扱うのは難しいことです。第一世代で培った日本のモノづくりの力をうまく活用していけば、海外のITジャイアントができないことができる可能性を秘めています。それを実証実験できる最大のチャンスが2025年に開催される大阪・関西万博だと考えています。住民のしがらみなしに、公金と民間の大きな投資を入れ、そのノウハウとデータをパブリックデータ化し、次のスマートシティ実装に行くために、半年間、数千億をかけて仮設実証実験都市を建てるのです。このような枠組みは今、万博以外にありません。このタイミングにぜひ皆さん乗っていただき、情報と物理の連携体系を社会投資としてどう作るかということを考えていければと思います。ゲームエンジンを実空間に適用させるという、世界でもまだ試みられていないことに総力を挙げて取り組むチャンスであるわけです。
 社会が離散化、流動化、多層化する今、それらをポジティブな機会だと捉えて、コモングラウンドを実現するためのシステムや社会基盤を作っていくべきです。例えば、我々も参加している「コモングラウンド・リビングラボ」と呼ぶ組織では、大阪・関西万博への実装や地方と都市の連携環境を作ることを目標とし、企業と連携しながら技術開発や理論構築を行っています。また、2021年には、東大生産技術研究所に「インタースペース連携研究センター」も設立され、公共や学術機関の側からも体系化および基礎技術開発が始まっています。

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