- 安全・安心を守る


杉氏: 当社は東日本大震災後、事業継続に影響を受けた経験を踏まえ、従業員の安全確保を目的として、全国にある製作所の耐震化を加速させる方針を打ち出しました。
まずは耐震改修促進法で規定された特定建築物に加え、耐震性に特に問題がある 1971年以前の RC造を優先し、2015年度までに Is値を指標とした補強を概ね完了することができました。
一方で、その段階になって各製作所から対策が難しい工場建屋の相談が増えてきました。その多くがトラス柱やトラス梁で構成された古い鉄骨造で、Is値を満足するために多くの補強が必要となり、生産を継続しながらの工事が困難というものでした。伊丹地区もその一つになります。
稲村氏: 全社の耐震化をさらに進めるうえで、従来の Is値による手法では対応が難しい建物にどう向き合うかが課題でした。そこで着目したのが動的解析です。過去に他製作所で試みたことはありましたが、標準化された判断基準がなかったことなどから本格的な展開には至っていませんでした。そこで、まず伊丹地区をモデルケースとして選定し、動的解析によるメリット・デメリットやクライテリア(評価基準)の考え方、動的解析の検討手順を整理し、ガイドラインとしてまとめ、全社に展開していくという段階的な戦略を立てました。ガイドラインには従業員安全の確保だけでなく、当社建屋の特徴やモデルケースにおける解析結果を盛り込んだほか、既に完了した社内耐震補強事例等を考慮しながら検討を進めました。全社共通のガイドライン整備事例は KKEにもなかったため、弊社が主体となり、動的解析の知見など技術的な部分を KKEに相談しながら完成を目指しました。
松井氏: 伊丹製作所、系統変電システム製作所、電子通信システム製作所と、それぞれ建物の用途も構造も大きく異なり、管理体制も複雑化していました。中でも敷地内の F地区と L地区は古い建物が多く、早期に対策を施す必要がありました。
矢藤氏: 本社・製作所間の垣根を超えた耐震検討プロジェクトが発足し、私は推進役として本社から伊丹地区の耐震対策に参画しました。まず特定建築物から始め、木造建屋の補強プロジェクト等、本社と製作所、それぞれの立場や事情を持ち寄りながら検討を重ねることで組織横断型のプロジェクトチームとして成功体験を積むことができました。
ただ、そこから F地区、L地区のような古い鉄骨造の補強に議論を移すと、事情は複雑になりました。安全性を高めることの重要性は皆が理解していても、生産への影響や工期、コストといった条件が重なり、各部門が納得して前に進める落としどころを見いだすことができなかったのです。新たな選択肢として動的解析を提案しても「本当にそれで大丈夫なのか」と懸念する声も少なくありませんでした。
稲村氏: 動的解析を全社で使える手法として位置付けるには、「どの性能を満たせば安全と言えるのか」を明確に示す必要がありました。その核心となるクライテリアを得るために、KKEに依頼してモデル工場での動的解析による耐震性評価を実施し、その報告書について、鋼構造の構造安全性が専門の東京工業大学(現:東京科学大学)吉敷祥一教授に評価をお願いし、報告書の耐震補強設計のクライテリアを含む設計方針と、それらに対する評価方法の考え方に問題がないことを確認いただきました。これにより社内の理解が一気に進みました。
上原氏: 伊丹地区の耐震対応が長く進まなかった背景には、「生産を止められない」という事情がありました。柱や基礎と生産設備の間に余裕がないため、耐震工事で柱周囲を大きく掘削すると生産設備の玉突き移設が避けられず、現実的な工事案に落とし込めなかったのです。
L地区の建屋は三連棟で、当社以外に関係会社なども入居する複雑な構成でした。既に Is値補強で診断・基本設計が済んでいたものの、柱脚補強・地中梁増設・杭打ちと“とにかく地面を掘る”設計になっており、操業との両立がきわめて困難でした。そのおり、本社から動的解析を活用した補強案について提案をもらったのです。本社が基本検討費用を負担し、「合わなければ戻せばいい」と明確に示してくれたことで、動的解析の検討に踏み切ることができました。
検討が進む中では、「工場内の掘削は極力避けたい」「クリーンルームやラボが集まる区画は手を入れたくない」といった要望をこちらから細かく伝えました。KKEの設計者はそれに粘り強く応じ、補強位置を壁側や高所に寄せたり、ダンパーを外付けにしたりといった複数の代替案を次々と提示してくれました。生産を止めずに施工可能な形に落とし込むまでには何度も往復協議が必要でしたが、最終的に事務所部分の一部のみを掘削する案にまとまりました。
工事は土日が中心で、柱補強の溶接など現場には苦労も多くありましたが、それでも実際の工期は約 14カ月で完了しました。もともと 4年は見込まれていた工事がここまで圧縮できたのは、生産を止めないという前提を外さずに案を詰め続けたことと、KKEのレスポンスの速さ・柔軟さがあったからこそだと感じています。
矢藤氏: L地区では、動的解析を導入したことで生産影響・工期・コスト三つの面で具体的な成果が得られました。全体計画にも応用できると考えています。従来案である Is値補強なら土日施工で 10年規模の長期化が避けられないところでしたが、補強方法を見直すことでおおよそ 5年程度まで圧縮できる見込みが立ちました。費用についても、Is値補強の 5割程度に収まる見通しです。

▲解析モデル全景(補強前):小梁や水平ブレースも含めて精緻にモデル化することで立体効果を期待

▲貴重な建屋内部の補強可能スペースには RDTダンパーを選定した
稲村氏: 同地区で動的解析を使った補強が成功したことを受け、現在は 13件の動的解析案件に着手しています。他製作所にも展開が進み、全社的な耐震化は 9割まで進んでいます。残り 1割については、建物内にシェルターなどの一次避難場所を設置し、耐震化完了までの間も従業員の安全確保をしています。また、熊本地震で被災した経験から天井や天吊機器などの非構造部材についても落下防止対策を計画的に実行しており、従業員が多いなどの重要エリアに関しては概ね対策が完了する見込みです。
杉氏: 本来、Is値を満足させること自体が目的ではなく、従業員の安全を確実に守ることが本質です。その意味で、伊丹で得られた経験をもとに、動的解析という新しい選択肢を全社で使えるようになったことは、耐震化を前に進めるうえで大きなブレイクスルーでした。
さまざまな課題に対して解を示してくれる専門家として今後も KKEに期待しています。
松井氏: 動的解析は万能な耐震設計手法ではなく、社内で議論を重ねながら最適な補強方法を見いだすためのツールだと考えています。製作所・本社、さらには外部のパートナーが同じ判断基準で検討できる仕組みを整えたことで、現実的な耐震化が進められるようになりました。KKEには引き続き、力を貸してほしいと願っています。
取材日:2025年11月
企業防災チーム
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E-mail:bcp@kke.co.jp
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