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共同研究および衛星測位分析ツール「GPS-Studio」活用事例東京海洋大学 海洋工学部 様
その未来を拓くためにも、衛星測位分析ツールGPS-Studioの実用化を構造計画研究所とともに実現したい」
分野の研究で、日本トップクラスの技術と知見を持つ東京海洋大学大学院の久保 信明 准教授が、自らの研究室にKKEの電波伝搬解析ツール「RapLab」を導入したのは2006年のこと。
RapLabによる位置測位のシミュレーションに大きな手応えを得た久保 准教授は、現在、構造計画研究所とともに、RapLabだけでは決して実現できなかったGNSS専用の衛星測位分析
ツール「GPS-Studio」の研究開発、実用化に取り組んでいる。その狙いについて、お話を伺った。
1. 電波伝搬解析ツール「RapLab」との出会い
GNSS研究を始められたきっかけは?
国や電機メーカーが、「共同でGPSを利用した航空機の着陸管制についての研究を始める」という新聞記事を見たことをきっかけに、1998年以降、電機メーカーの電波関連航空 システム部に所属し、GPS/GNSS研究に携わっていました。その頃、若手はみんなGPS/GNSS研究に興味を持っていました。自分もよりGNSS分野の研究に専念したいと思うようになり、 今の大学に移りました。
今の大学に移ったのは2001年のことでした。都合17年間、GNSS研究一筋でやってきました。
弊社の電波伝搬解析ツール「RapLab」を導入いただいたのは、2006年でしたね。
2005年前後に、東京大学が、電波を光に見立ててその経路を探る「レイトレース法」を使い、東京の銀座で人工衛星の可視化シミュレーションを行っていました。将来、例えば欧州の GNSSであるGALILEO(EUによる全地球航法衛星システム)などのようなシステムが運用を開始した時、何機の衛星が“見える”のか、すなわち“使える”可能性があるのか、を計算したのです。
私は率直に面白い試みだと感じ、自分でもGNSSに関するシミュレーションに挑戦してみよう、と思い立ちました。ただ、レイトレース法のプログラムを研究室で作るところからやるのは、 非常な労力と時間を要します。研究室の本質的な課題は、位置測位などであって電波の研究ではないのですから、代々、学生がそのプログラムを引き継ぐことは難しい問題がありました。 何か使えるツールはないものか、と探していた時、KKEのRapLabの存在を知りました。RapLabも、「レイトレース法」を用いた電波伝搬の解析ツールで、最初からうまくいくという確信が あったわけではないのですが、試してみたら、かなり“できる”ことがわかりました。RapLab をGNSSに応用したのは、私が初めてだったようでした。
▲ KKEの電波伝搬解析ツール「RapLab」を使用した
シミュレーションイメージ(一例)
具体的には、RapLabを使用し、どんなシミュレーションを行っているのでしょうか?
実際に車で走って、衛星からの電波の状態を調べ、それを「RapLab内に構築した都市」でシミュレーションしたデータと比較します。電波の信号強度は、高いビルなどに遮られたりして、 けっこう上下します。そのあたりも、RapLabは実測に想像以上に合致していたので、この方向で研究を進めてみることを決めました。
2. 必ずしも実測を必要としない「シミュレーション」でのGNSS研究の可能性
改めてGNSSの仕組み、課題を教えてください。
人工衛星を利用して、地球上のモノや人の位置を割り出すのがGNSSです。通常、4基以上の衛星から発せられる電波信号を受信機がキャッチして、かかった時間からそれぞれとの距離を計算し、 「自分(受信機)が今どこにいるのか」を算出します。
カーナビゲーション、携帯端末の位置情報、航空機、船舶の航法支援など、今やGNSSの用途は多岐にわたります。高精度GNSS受信機は平面だけでなく、高低差も精密に測れるので、測量分野や 傾斜測定などの用途にも使えます。
ただ、“泣き所”もあって、場合によっては測位誤差が生じてしまいます。地上に到達する前の、電離層や対流層で起こる電波の遅延も原因になりますが、受信機の周辺環境によって引き起こされる 障害もあります。特に問題となるのが、高い建物が林立するような都市部で、電波が建物にぶつかって反射や回折を起こすと、衛星との疑似距離(衛星と受信機の時計の誤差などを含んだ距離)の正確な 算出が困難になるのです。いわゆるマルチパスの問題ですね。その結果、自分の位置も、実際とはズレてしまう。そもそもビルに遮られて、ある衛星の電波が、ある地点でまったく受信できなくなることも あり得ます。
▲ GNSSを用いた位置測位の誤差要因
そうなると、GNSSを利用した製品に不具合が起こる可能性があるわけですね。
そうです。だから、例えば銀座なら銀座の、この地点の信号強度はこうだ、というデータが重要となります。天空にある衛星の数や見える角度は、日や時間によって毎日毎分毎秒変わりますから、 時間軸のデータも必要になります。
それを知るためには、実測するのが、ある意味一番手っ取り早いです。カーナビ等のITS分野で利用したいのならば、実際にA 地点からB地点まで走行して、データを収集すればいいのです。 実際、電波を受信して記録するRFキャプチャーという装置を使った実測を行い、それをもとに製品の開発や改良に向けた研究が行われています。
では、なぜ「シミュレーション」なのでしょうか?そのメリットとは?
今の例でいえば、各地点で衛星からの電波がどの程度受信できて、GNSSのパフォーマンスがどのくらい期待できるのか、といったことが、“走らなくても”わかるのです。例えば、海外で車を生産しようとしたら、 カーナビは、その地域の「衛星環境」に合わせて設計する必要があります。日本とは、“見える”衛星自体が違いますからね。その環境を、日本にいながら再現することもできるわけです。また、シミュレーションによって 「その日、その時間の測位精度が低い」というような状況が把握できたとしたら、そのタイミングに合わせて実測データを収集し、対応を検討するといったことも可能になるはずです。
ちなみに、最初の頃は、こうしたシミュレーションを、自分たちでRapLabの中に「街の模型」をつくって行っていました。これが、なかなか大変な作業だったのですが、対象地域の「3D地図」を購入して、 それを直接RapLabに入れるという方法にしたところ、ずいぶんと楽になりました。今は、世界各地の3D地図が、わりと簡単に手に入りますので。
3. 未来の位置測位がわかる ~衛星状況に応じたシミュレーション~
いろんな条件を設定することができるのも、シミュレーションならでは、ですね。
そうなんです。例えば、衛星を好きなように“追加”して、どうなるかを見ることもできます。実はGPSは、あくまでもアメリカが運用している測位システムです。GNSSとしては、このほかにロシアのGLANOSS (GLObal'naya NAvigatsionnaya Sputnikovaya Sistema:ロシアによる全地球航法衛星システム)が稼働を開始しているほか、先ほども触れた欧州のGALILEO(EUによる全地球航法衛星システム)、そして中国の BeiDouが準備、構築段階にあります。また日本も、全地球規模をカバーするGNSSではないのですが、GPSと連動して日本国内の高精度測位の実現を目指す、準天頂衛星システム(QZSS)の試験運用をスタートさせました。
今後、新たな衛星が打ち上げられるたびに、電波の環境はどのように変化するのか、5~10年後に、こうした世界の新たなシステムが本格運用を始めたら、地上での利便性は、具体的にどれだけ高まるのか。そうした 未来予測もGPS-Studioがあればできるわけです。ここで一つポイントになるのは、都市部の建物などの障害物を無視して、単に「オープンスカイ環境(建物など衛星までの遮蔽物が存在しない、測位しやすい環境)」で 衛星の数やマスク角を基に議論することは意味があるのですが、あくまでも一般論としての性能しか示せません。3D地図を持ってきて、「その場所やルートで実際にどうなるのか」のシミュレーションを行うのが肝で、 そうすると“説得力”も全く違います。GPSを利用した製品開発などには、極めて有用なデータになるのではないでしょうか。
▲ 準天頂衛星システム(QZSS)の軌道
一方、シミュレーションに関しては、実測値との誤差が問題になることはありませんか?
シミュレーションの結果をできるだけ“実測”に近づけることは私のひとつのテーマで、それに向けた研究にも注力しています。ただ、コストの問題もありますし、正確さを突き詰めていけばいいというほど、 単純なものではないということも理解しています。
例えば、車などの移動体をシミュレーションしようとする時、その移動による受信環境を完璧にトレースするのは困難ですし、誤解を恐れずにいえば、そこまで必要ないと私は考えています。この場合は、 移動を追うというより、走行ルートの位置をプロットして、それぞれの点でどのくらいの衛星が見え、どんな電波強度なのか、利便性はどうか、といったことをある程度まで明らかにすることが大事だと思うのです。 それができれば、その結果を基に、平面展開することも可能になります。
シミュレーションの精度に関していえば、要は、それが実用に供するレベルを確保できているか、ユーザーニーズに応えられるのか、で評価されればいいのではないでしょうか。他のいろんな分野で盛んに行われている シミュレーションって、そういうものでしょう。そもそも、GNSSに関しては、そういうことが世界的に見ても行われていないのが問題だ、と私は感じています。そろそろ、本格的に取り組まないといけないと考えています。
4. GNSS分野において「誰でも簡単にシミュレーションできる未来」へ
GPS-Studio開発に至った経緯を教えてください。
元々の構想は、2012年頃からATR(株式会社国際電気通信基礎技術研究所)に出向なさっていた、KKEの古川 玲さんと一緒に、関連研究を行っていた時からありました。最初にお話ししたように、私にはGNSSに関する 長いキャリアがあります。シミュレーション自体も好きで、マルチパスに関するシミュレーションを行い、ほぼ実測値に近づけることにも成功していました。そうした“素養”があったことは、決して「GNSS専用」ではない RapLabをすんなりと使いこなせた背景にあったのではないかと考えています。逆にいえば、そうでない人には、使うのが難しいのが現実です。古川さんとは、「みんなが簡単にシミュレーションできるようなツールが欲しいね」 という話をずっとしていました。
そのために必要なことは、何だったのでしょう?
「自分で街をつくるのは大変」と言いましたが、地図を入れるのもそんなに簡単ではありません。例えば、そうした都市、地形データの取り込みから、細密なモデル作成、衛星測位誤差の要素の把握、解析といった ファクターをパッケージ化した、衛星測位分析ツールが開発できればと考えていました。しっかりしたものができれば、GNSSの知識がほとんどない人でも、結果が導き出せるはずですし、そうしたものにしていかなければ ならないのではと常々考えています。
▲ GPS-Studioの解析事例:新中野の誤差マップ
衛星測位分析ツール「GPS-Studio」ができることにより、どんなメリットが期待できますか?
私は、今、国の研究機関や企業、大学の方々とGNSSに関して多くの共同研究を行っています。例えば、スポーツやエンターテインメントなど、「えっ?」と思うような分野で、いろいろな使われ方がされようとしています。 すっかり身近になったGNSSですが、まだまだポテンシャルが高いことを実感しています。
半面、さきほどもお話ししたように、「この街のこの場所では、何個の衛星が見える」というところまでシミュレーションで導き出したうえで、製品開発に結びつけるといった動きには残念ながらなっていません。 GPS-Studioのような衛星測位分析ツールは、実はまだ日本に存在しない貴重なツールだと思います。
シミュレーションがあまり行われないのは、“敷居が高く”て、やろうとする人が少ないのも要因なのではないでしょうか。誰もが簡単に使えるものができたら、開発の現場も劇的に変わるのではないかと感じています。 そのことを期待して、私自身、KKEとともに研究開発に取り組んでいきたいと考えています。
5. 他大学との連携も視野に
今後のGPS-Studioの課題、目標を教えてください。
現在、GNSSの電波強度などに関して、東京・月島で行った車の走行実験を基に、シミュレーションデータの検証を行っています。この延長線上にGPS-Studioがあるのだろう、という手応えを感じています。そのため、 この研究は自分たちで“囲い込む”のではなく、KKEはもちろんのこと、できるだけ他大学などとも連携してやっていきたいと考えています。そのうえで、次世代を担う学生たちに、技術をしっかりと伝授していく必要があると 感じています。
当社に対するご要望があれば、お聞かせください。
GPS-Studioに関しては、「そうしたものがあるなら、ぜひ使ってみたい」という潜在ニーズは、企業などにはかなりあるはずなのです。「シミュレーションでなければできないことがある」というその意義を、広く社会にアピールしていってもらいたいと思います。
取材日:2015年4月中旬
設立:1875年
所在地:東京都江東区越中島2-1-6(越中島キャンパス)
東京海洋大学 ホームページ:https://www.kaiyodai.ac.jp/
情報通信工学研究室 ホームページ:http://www.denshi.e.kaiyodai.ac.jp/jp/
この事例に関するお問い合わせ
情報通信営業部
TEL:03-5342-1121
E-mail:telcom@kke.co.jp
Web:https://network2.kke.co.jp/