講演レポート
「システム史観」から見た日本の産業と技術
2019年、日本におけるシステム化を産業界主導で目指すため、東京大学、大阪大学名誉教授の木村英紀氏が中心となり設立された一般社団法人「システムイノベーションセンター」。構造計画研究所は設立時よりセンターに参画し、理事や実行委員としてその運営に携わっています。また、当社のビジネス発展の礎である「知を面的に統合し専門性を超えた価値を生み出す」という考え方は、木村氏の著書や論文も参考にさせていただいています。
本記事では、システムの性質や歴史、そしてこれからの日本の産業や技術に不可欠な「システム思考」について語っていただきました。
- 木村 英紀 氏
-
一般社団法人システムイノベーションセンター 理事・副センター長
東京大学名誉教授 大阪大学名誉教授
1970年東京大学大学院博士課程修了ののち、制御理論、システム科学、生物制御を主な研究分野として、大阪大学工学部・基礎工学部教授、東京大学工学系大学院教授、理化学研究所生物制御研究室長、理研トヨタ連携センター長、科学技術振興機構研究開発戦略センターシステム科学ユニット長、早稲田大学招聘研究教授を歴任、2019年現職に就任。この間計測自動制御学会会長、横幹連合会長、日本学術会議会員、アジア制御協会会長、国際自動制御連合Councilメンバーなどを歴任する。
2021年6月には著書「現代システム科学概論」を出版するなど、数多くの著書も執筆。また、国際自動制御連盟(IFAC)から3年に1人選ばれるGiorgio Quazza Medal をアジアではじめて受賞。2021年には、IEEE Control Systems Awardをアジアで初めて受賞するなど、国内外にて多数の受賞歴がある。
システムとは何か
私たちはシステムに囲まれて生きています。金融・税制、医療・保健、自治体・教育、交通・通信、スポーツ・文化など、私たちのあらゆる生活はシステムが動くことによって保障されています。私たちが使うシステムの良し悪しが、私たちの生活の質を決めます。システムは、社会そのものと言えます。
なぜシステムを作るのでしょうか。システムを作るモチベーションには、効率化(港湾入関手続きなど)、自動化(自動運転など)、意思決定の高度化(株の投資指標など)、統合化(経営+製造など)、安定(安全)化(障害の予測と処理など)、規格化(ATMの共有など)、進化(環境変動への適合など)があります。
現代の社会、生活はシステムに大きな影響を受けています。社会の複雑さはシステムの複雑さと捉えるべきです。システムが複雑だから世の中が複雑になるのです。また、社会の変動はシステムの変動と考えることによって、手掛かりが得られるでしょう。ビジネスモデルという言葉が流行っていますが、いいビジネスモデルはその背後に必ずいいシステムがあります。未来が不確かなのはシステムの変化が起こるからと考えるべきです。ソリューションも流行り言葉になっていますが、ソリューションは結局、システムを作ることに帰着されるのです。つまり、物事に深く踏み込むほど、必ずシステムが現れてくるのが現代の社会の特徴です。現代人はシステムに囲まれ、システムを通じて他者と結びつき、システムに立ち向かいながら生きていかなければならない「システム人」なのです。
システムによるイノベーションの歴史
産業革命の立役者であった紡績機について、「共産党宣言』『資本論』などを著したカール・マルクスは「『道具器』『原動機』『伝達器』である」と述べ、機械はシステムであることを看破し、将来システム化が進み、やがて自動化に至ることを予言しました。
20世紀初頭にはシステムのイノベーションが続々と現れます。その中で2つ、非常に重要なものを紹介しましょう。1つは、トーマス・エジソンによる送配電網です。
エジソンは白熱電球の発明で知られます。当時、電灯の発明は激しい競争が行われていました。その中でエジソンが勝ち抜けた理由は、彼だけが、「いつでも誰でも好きなときに電灯を点けられるように」と、送配電網という、電力を使えるシステムを構築したからです。
もう1つの巨大なシステムイノベーションは、ヘンリー・フォードの、流れ作業による自動車生産ラインです。当時、流れ作業がなかったわけではありませんが、数万点もの部品を数多くの工程で組み立てる自動車のようなものがベルトコンベアの流れ作業で作れるとは誰も思っていませんでした。フォードはそれをやってのけ、それにより、T型フォードの価格を3分の1に抑え、生産台数を45倍に増やすことを実現したのです。当時の新聞の見出しは「システム・システム・システム」だったそうです。
他にも、システムイノベーションの例は数多くあります。英国のレーダ防空システムは第二次世界大戦時、ナチスに大きな打撃を与えました。他にも、アポロ計画、インターネット、GPSなども生まれました。日本でも、年産1万トンの鉄鋼生産管理システム、新幹線の運行予約システムなどが構築されました。歴史上の大きな産業上の進展には、システム化が常に存在していました。システム化の進化の度合いが、人間社会の進展度を示しているとも言えます。
システム思考をどう伸ばすか
日本の製品の競争力劣化は、改めて言うまでもありません。かつての80年代の世界を制覇した日本の産業は今や、見る影もない状況になっています。なぜそうなってしまったのか。私は、システム思考、システム技術が未成熟であることが大きな理由だと考えています。
例えば手術ロボットでは、日本は開発競争に完全に遅れを取りました。内視鏡やマニピュレーション(操作)などの技術、外科医師の技量などは世界トップです。ところが、それぞれの要素技術は優れているのに市場化ができませんでした。それは、システムとして組み上げることができなかったからです。手術ロボットのようなシステムを構築するためには、各医療機関の術式を統一しなければなりません。ところが、それができませんでした。各組織が、「自分たちのやり方でやりたい」と言ったためです。
これは企業でも同様です。事業本部制という名のもと、縦割りで、部分最適の局所的なKPIを掲げて活動しているところが少なくありません。「わが社は現場力が強い」と多くの経営者が語りますが、機能要素がバラバラに動いていてはシステムとしての強さは発揮できません。組織の壁を取り払い、業界や分野の枠を超えた協力関係を築くこと。そして現状に安住せず、今後より複雑で大規模になっていくシステムを扱うために十分な専門知識を身につけること。その上で単なる機能を超えた「意味価値」の追求を目標に掲げること。こうしたことが今後のシステム発展の要になります。さらに、システムにはモノを要素として持つものと人を要素として持つものがあります。これからは、人を要素として持つシステムの課題が重要です。改めてシステムを定義すると、システムとは、「ある目的を達成するために機能要素が適切に結びついた機能複合体」と言えます。いいシステムとは、目的がはっきりしており、それが全体に共有されている。構成要素の役割がきちんと位置付けられている。中央と構成要素、および構成要素間の連携が確立されている。環境の変動を迅速に把握し、対応行動がとれる。規模の拡大縮小が臨機応変に行える。こういうものがいいシステムです。
人間が作る機能集団はたくさんあります。企業もまさにそうです。組織自身に、今述べたいいシステムのような要件が備わっていなければなりません。あなたの所属する組織はシステムでしょうか、それとも単なる集団でしょうか。「私の会社は本当にシステムとして機能しているだろうか」という設問を常に問いかけていただきたいと思います。