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共同研究 及び 電波伝搬解析ソフト RapLab活用事例東京工業大学 高田研究室 様
電波伝搬研究と無線通信路モデル開発で著名な高田研究室
東京工業大学 国際開発工学専攻の概要と、高田研究室の研究テーマについてご紹介ください
東京工業大学は、明治政府が優れたエンジニアの育成を目的に、日本で最初の工業教育機関として1881年に東京職工学校として設立しました。その後、1949年の新制大学への移行を経て、2004年に国立大学法人となりました。
私の研究室が属する国際開発工学専攻は、既存の工学系分野における専門性に加え、国際開発に関する幅広い知識を融合することで、一国、一地域では容易に対応できない地球規模の問題を解決したいという志のもと、工学系のほか経済、政治、環境、社会科学分野までも包含した総合工学のカリキュラムを用意しています。
高田研究室では、国際開発工学専攻の一員として、電磁波工学、通信工学、計測工学の立場から、電波伝搬、電磁界理論および計測、無線通信路モデル、無線信号処理、情報通信技術の国際開発への応用などの分野で研究を行っています。また、モンゴルやラオス、カンボジアなどの新興国の現地政府機関と連携し、技術を通した海外協力活動も行っています。
東京工業大学 国際開発工学専攻 高田研究室の主な研究テーマ
マイクロ波を利用した移動通信の研究
最近注力している研究内容についてもう少しご説明ください
近年は、移動体通信や無線LANなどの普及によって無線ブロードバンド通信にさらなる大容量化が求められ、周波数帯域の逼迫による問題が顕在化しています。より多くの需要に対応できるようにするために、高い周波数の利用効率を実現するマルチユーザー/マルチサイトMIMO(Multi Input Multi Output)技術が実用となりつつあります。移動通信の新しい周波数資源として注目されているマイクロ波帯において、MIMO技術の利用可能性を明らかにするための電波伝搬研究などに取り組んでいます。
「移動体通信や無線LAN
などの普及によって無線
ブロードバンド通信のさら
なる大容量化が求められて
います」
高い周波数では電波を遠くまで飛ばすことができないため、以前であればマイクロ波は移動通信に使えないと考えられてきました。しかし最近では、移動通信分野でチャネルアグリゲーションという手法を用い、低い周波数制御信号の送信やベース伝送容量を確保しながら、高い周波数も積極的に利用する考え方が主流になりつつあります。
例えば、総務省が主導する電波資源拡大に関する研究開発プロジェクトでは、超高速ビットレート移動通信実現のために高周波数マイクロ波帯を開発しようとしています。また、IMT-Advanceの中にLTEの進化版として勧告されたLTE Advanced(第4世代)では、ITU-R(国際電気通信連合 無線通信部門)の2007年世界無線通信会議(WRC-07)で新たに割り当てられた3.5GHz帯を皮切りに、マイクロ波帯を利用するさまざまな研究がスタートしています。
もうひとつ注力しているのが、MIMO通信路測定の研究です。MIMOは複数アンテナで複数の電波を空間的に多重化して送信する技術ですが、それがさらに進化することで同時に並列伝送できるチャネルの数が増え、1つの周波数チャネルを複数のユーザが多重化して共有するマルチユーザ技術や、複数の基地局が連携してセル端のユーザに向けた伝送容量を向上させる基地局協調技術が一般化しています。
これまでの研究としては、通信放送機構・民間技術研究促進制度に係る研究開発課題「新世代移動機用適応アンテナシステムに関する研究開発」におけるMIMO伝搬測定の解析を行ったり、総務省・電波資源拡大のための研究開発「超高速移動通信システムの実現に向けた要素技術の研究開発」で11GHzのMIMO伝搬測定装置の開発に携わってきたりしました。
その他、標準化は既に終了していますが、人体の表面や体内用の無線ネットワークであるボディエリアネットワーク(BAN)の電波伝搬に関する実環境に近い動的通信路特性のモデル構築や人体モデルによる電磁界シミュレーションの実施のほか、無線通信の周波数資源の枯渇対策として、ホワイトスペース(未利用周波数帯)における干渉保護基準や空き周波数検知のためのスペクトル検出技術について検討したりしてきました。
内部をブラックボックス化せず研究者向けに開発されたRapLabを導入
その中で、電波伝搬の解析ツールを活用された理由についてお聞かせください
電波伝搬とは、デバイスや回路などとは異なり人為的に制御することのできない自然現象です。現在、無線通信システムの主流は、衛星通信やマイクロ波固定回線のように見通しのよい環境での伝搬路を前提としたシステムから、携帯電話や無線LANのような見通しの悪い環境で同程度の強さの電波が複数経路を経て到達する多重波伝送路を前提としたシステムに移行しており、電波伝搬のメカニズムもより複雑になっています。
この制御不能な電波伝搬の仕組みを解明し、無線を使うシナリオで電波がどのような伝搬路を経由するのかを明らかにすることが、より良い無線通信機器を設計する上で非常に重要なことなのです。
私は、1994年に東工大の助教授として赴任してから電波伝搬の研究を始めました。電波伝搬の研究を進めるには、本来なら実環境で電波を送受信する大掛かりな実験装置が必要なのですが、当時新任の助教授が何の後ろ盾もなく電波伝搬の研究を行うには予算がありませんでしたので、まずは机上で実験が可能なシミュレーションから着手しようと考えたのです。
そこで、レイトレース法による屋外伝搬シミュレーターを開発しました。企業から安価で払い下げられた回路測定装置を用いて実験を行ってみると、シミュレーションにより満足にモデル化ができていない。なぜ上手くいかないのか、どうしたら状況に即した精度の高い伝搬予測が可能になるのかを長い間悩んでいました。その後、様々な共同研究の機会に恵まれ、この疑問に答えるための実験を繰り返し、研究の核として進めて来ました。
そんな折、構造計画研究所の方から3Dレイトレース法を使用した電波伝搬の解析ツールを紹介いただきました。それが「RapLab」だったわけです。
2004年当時、他にも電波伝搬のシミュレーターは販売されていたのですが、その多くが内部をブラックボックス化していたのに対し、RapLabは何をどう処理しているのかきちんと公開している点を高く評価しました。研究者としてはロジックや計算方法がオープンになっていないと使いづらいのですが、RapLabは結果の途中経過も可視化されるので原因の特定も容易です。
また、他のシミュレーターは携帯電話の基地局や無線LANのアクセスポイントなどを設置する事業者を対象としたものが多く、精度よりも作業スピードを優先しています。一方、RapLabは研究者向けに特化して開発されており、設計効率よりも計算精度を重視しています。しかも価格が非常にリーズナブル。これなら研究で使い続けられると直感しました。
3Dレイトレース法を使用した電波伝搬の解析ツール「RapLab」の計算エンジン画面
イメージング法の採用によるRapLabの優位性
レイトレース法について簡単にご説明いただけますか
レイトレース法とは、電波を光(レイ)に見立てて伝搬経路を探索する手法のことで、幾何光学的理論に基づき送信点から受信点に向かう電波を追跡することにより、伝搬損失(受信レベル)、遅延時間、出射方向、到来方向を算出します。
レイトレース法における伝搬経路を探索する手法
レイトレース法には2つの手法があります。
1)イメージング法
送信点、受信点、その他すべての反射面の組み合わせから、反射・回折・透過を計算し、軌跡を求める方法。この方法により受信点に到達するレイを高精度に求めることができる。
2)レイラウンチング法
送信点より一定角度ごとにレイを発射し、受信点に到達するレイを求める方法で、受信点の周りに一定の受信エリアを設定し、その受信エリア内に到達したレイを受信点に到達したとみなす高速な方法。
イメージング法とレイラウンチング法の比較
イメージング法を採用するRapLabはこの分野では希少な存在です。それゆえ、電波伝搬を研究開発する企業の研究所や大学の研究室にとって非常にポピュラーなシミュレーターツールになっているのではないでしょうか。
アウトカムを出すためのインプットとしてRapLabでの計算結果を活用
RapLabの実際の活用方法とその有効性、構造計画研究所との協力関係などについて教えてください
RapLabの計算手法は幾何光学と呼ばれる電磁波理論の近似解法に従っており、イメージング法の基本要素となる反射、回折、透過による 伝搬損失を計算し、電波伝搬の経路を簡単に可視化できます。また、入力された建物や地形モデルに対して忠実にレイトレース計算を行うため受信点への到達波を正確に把握することが可能で、研究の補助的なツールとして非常に使い勝手が良いです。
RapLabによる電波伝搬状況の可視化
具体的には、電波の分布が合っているかどうかを見る時や、到来角測定を行った結果などを検証する際に、幾何光学の波がどこから来ているのかをリファレンスとしてデータ化するためにシミュレーションを実行します。RapLabで問題解決するというよりは問題点を明らかにしていくことが目的でしたので、最終的なアウトカムを出すためのインプットとしてRapLabでの計算結果を比較図などにリファレンスとして用いています。
現在は、RapLab を11GHzのマイクロ波での測定リファレンスに活用しています。
一方、構造計画研究所の側でも電波伝搬に関する技術を更に深めようとしているようでしたので、レイトレース法が電波伝搬の研究に適切なのかを知る意味もあって、構造計画研究所の有能な技術者を社会人ドクターとして3年間、研究室に迎え入れました。私が自ら社会人をスカウトしたのはそれが初めてのケースでしたが、優秀な人材だったので研究室への貢献度も大きく、論文も共同で発表するなど多くの成果がありました。 構造計画研究所はアイデアを形にしてくれる技術力を持っている企業で、スタッフの貢献度は無限大です。
お金になりにくいからこそ大学で研究を続ける意義がある
高田研究室の今後の研究課題をお聞かせ下さい
従来はCADデータベースで電波伝搬のシミュレーションを行ってきましたが、最近ではレーザー測量技術が発達したことで、ポイントクラウドと呼ばれる3次元座標の点測定群から構造を再構成していく手法に注目しています。
今は暫定的に人手で後処理して面構成を行い、RapLabでシミュレーションを行なっていますが、ポイントクラウドに対して直接シミュレーションを行う手法を、フィンランドのアールト大学と共同で研究しているところです。それが思ったより使えそうな感触なので、今後はそうした方向での展開を期待しています。
最後に、RapLabおよび構造計画研究所に期待することとはなんでしょうか
現在のレイトレース法は、基本的に平面を仮定して電波伝搬を解析していますが、環境を細かく分割しても計測結果と合わないことがあります。今後RapLabが、レイトレースでは取り扱いが困難であった曲面や小さな物体による散乱現象をPO(Physical Optics:物理工学近似)によりシミュレーションし、ある程度正確に計算できるようになると、さらに世の中のさまざまな用途に応用できそうです。ぜひチャレンジしてみてください。
また、構造計画研究所に関しては、ITU-R(国際電気通信連合 無線通信部門)のSG3(電波伝搬委員会)における日本代表の事務サポートを担うなど、日本の電波伝搬研究を下支えする存在として長年貢献していることは高く評価しています。
日本はこれまで電波伝搬の研究で世界の先頭を切っていましたが、研究には大規模な実験装置が必要な上に無線免許の取得が必要で敷居が高い半面、特許取得や収益につながりにくく、最近は国内の研究者も減少傾向にあります。しかし、高田研究室では直接お金になりにくいからこそ大学で研究を続ける意義があるという信念で研究を行っています。
そのため今後も構造計画研究所と協力し合い、電波伝搬の研究を日本から世界へと盛り立てていきたいと考えています。
取材日:2012年11月
設立 1881年5月
所在地 東京都目黒区(大岡山キャンパス)
東京工業大学ホームページ http://www.titech.ac.jp/
高田研究室ホームページ http://www.ap.ide.titech.ac.jp/index-j.html
この事例に関するお問い合わせ
情報通信営業部
TEL:03-5342-1121
E-mail:telcom@kke.co.jp
Web:https://network2.kke.co.jp/