産学連携の取り組み

未来予測が社会問題を解決に導く

構造計画研究所は、国立大学法人東京大学生産技術研究所と社会連携研究部門「未来の複雑社会システムのための数理工学」を 2016 年 2 月に設置し、合原 一幸教授との共同研究を進めてまいりました。本記事では東京大学 合原教授に話を伺うとともに、共同研究に当社から参画した奥野に研究成果の社会実装に向けた取り組みについて語ってもらいました。

合原 一幸 氏
合原 一幸 氏

1977年 東京大学工学部卒業。
1982年 東京大学大学院工学系研究科博士課程修了(工学博士)。
東京電機大学助教授、東京大学助教授などを経て、1998 年 東京大学教授。JST ERATO 合原複雑数理モデルプロジェクト研究総括、内閣府/JSPS FIRST 最先端数理モデルプロジェクト中心研究者などを歴任。現在、東京大学特別教授/名誉教授。

数理工学とは

 数理工学は、数学を使って世の中の問題を解決する学問です。サイエンスとしても非常に重要なテーマであり、またビジネス上も様々なチャンスを生み出す研究といえます。数理工学では、数学を言語として使って、現実の問題を数学の世界に写します。すると数学的研究で、現実の問題を解析し、最適化、制御、予測を考えることができます。

数理モデリングの役割

 私の研究では、数理的なプラットフォームを作り、それを応用して複雑系を探っています。複雑系にはいくつかの特徴があります。1つが、ダイナミクスを持っていることです。複雑系のダイナミクスは、制御と密接な関係があります。2つめとして、複雑系はたくさんの要素がネットワークをつくって相互作用します。複雑系のネットワーク構造は、最適化と関わっています。3つめは、複雑系からいろいろなビックデータを観測できることです。複雑系のビッグデータは、予測と関わりがあります。複雑系のダイナミクス、ネットワーク構造、観測ビックデータに関わる理論的プラットフォームは、幅広い分野に応用することが可能です。

理論的プラットフォーム

世の中にある線形と非線形

合原 一幸

 世の中の諸問題を数理的に研究する時に重要なのが、非線形という概念です。線形に関しては、基本的にはすでに理論的な方法論があります。しかし、実際に世の中の現象を調べようとすると、非線形を扱う必要が生じます。世の中にある無限の非線形をどうやって数理的に表現するかが数理工学の腕の見せ所になります。
 数理工学による予測を考える時に、ごく近い将来を予測したいのであれば線形近似が成り立つので、線形予測が使えます。しかし、長い時間が経つとカオスのような現象が典型例ですが、予測が困難になります。線形予測が使えない時間領域で非線形性をうまく見抜くことができれば、それができない人に比べて圧倒的に精度の高い予測ができます。
 予測とは、「時間経過の中でどう変化していくか」を考えることです。たとえば、時間経過の中で直線的に変化するものと、指数関数的に変化するものがあります。レイ・カーツワイルによる「遠くない将来にAIが人間の能力を超える」というシンギュラリティの概念も、ムーアの法則も、「テクノロジーが指数関数的に進化する」という考え方がベースになっています。


データ駆動で未来を予測する新手法

 今は、ビッグデータを使ってデータ駆動でコンピュータの中に対象の数理モデルをつくり、予測ができる時代です。私と構造計画研究所の共同研究から生まれた洪水予測システムも、従来のように物理モデルをつくらずに高精度な洪水予測を可能にしています。
 この洪水予測システムは計測機やセンサーによって同時に測れるようになった大量の情報を使って、たくさんの変数の情報を特定ターゲット変数の予測精度の向上にトランスファーするという理論をもとにしています。河川のいろいろな場所の水位、河川に影響を与えるいろいろな場所の降水量などのデータを同時に測って、そのデータを“うまく使う”ことで洪水の予測ができます。この“うまく使う”という部分を担うのが、アルゴリズムです。観測したデータを我々のアルゴリズムに入れれば、ほとんど自動的に特定のターゲット変数、たとえば河川の特定の場所の水位の予測ができます。洪水予測だけでなく、様々な予測に使うことができる、応用範囲の非常に広いものです。またこの手法は、これまでに経験していない高い値、すなわち外挿にも対応できます。

-2016年、合原教授と社会連携研究部門「未来の複雑社会システムのための数理工学」を設立-

奥野 峻也
奥野 峻也

1987年、愛知県生まれ。東京大学大学院工学系研究科原子力国際専攻卒業後、2012年4月に当社入社。防災・環境部に配属され、津波や風など流体系の業務やその他、防災に関するコンサルティングに従事。2019年8月より次世代事業開発部 気象防災ビジネス室 室長。

社会連携研究部門への参画

 私が2016年に社会連携研究部門に参画したのは、担当していた解析系業務に関する問題意識からでした。当時から、数値シミュレーションはより複雑で大規模な問題を解いていく方向に高度化を続けていました。ただしモデリングが精緻になる一方、その拠り所となる入力データは大きな観測誤差や不確実性を含むことも少なくありませんでした。こうした中で私は、「データから簡易に正確な予測ができる新たなパラダイムがつくれないか」と考え、合原研究室での研究に臨みました。

入力データから一気に予測を行う新たなパラダイムを検討


合原研究室での研鑽

 私が約3年間を過ごした合原研究室のレベルは極めて高く、トップジャーナルにどんどん投稿していこうという空気に満ちていました。数式と英語という共通言語を武器に、数理の専門家たちが分野の垣根を超えて、独創的な研究に挑戦していました。ある時、発表スライドに書かれた複雑な数式の誤りをその場で指摘されたことがあり、「研究者は共通言語の習熟度しだいで、見える世界が違うのだな」と感じさせられた出来事で、非常に驚愕させられました。
 私が研究室で頂いたアドバイスのひとつが、「トレンドに対して“直交する軸”を持つこと」です。そしてディープラーニングなどの当時のトレンドを大切にしつつも、あえて“直交する軸”として私が注目したのが、力学系(ダイナミカルシステム)でした。力学系理論を応用することで、機械学習とは異なったアプローチで時系列データの解析や予測ができます。私は合原研究室で、「その場その場でどのように予測の選択や統合をすべきか」「少ないデータでいかに予測するか」「機械学習が苦手とする外挿にいかに対応するか」といった力学系を応用した予測の研究に取り組み、その成果をもとに、当社気象防災ビジネス室で2019年に洪水予測システム「RiverCast」を開発しました。

研究成果の社会実装へ

 「RiverCast」はクラウド型の洪水予測システムで、河川水位をリアルタイムに15時間先まで予測します。従来、洪水予測には多くの時間と手間を要していましたが、社会連携研究部門の研究成果を応用しクラウドシステムとして提供することで、手軽に高精度な洪水予測をご利用いただけるようになりました。社会実装にあたり気象予報の誤差が大きな課題となりましたが、過去の気象予報データから誤差をモデル化し、予測水位にどの程度の不確実性があるか、また基準となる水位をどの程度の確率で超過するかを定量的に算出できるようにしています。

「RiverCast」の画面イメージ
「RiverCast」の画面イメージ

 昨今、雨の降り方が激甚化する中、水害対策は重要な社会課題となっています。行政機関様にはいち早い水防活動や住民の避難準備に、民間企業様には重要設備の浸水対策や作業員の安全確保に本システムをご活用いただけます。最近では令和2年7月豪雨時の活用事例が評価され、山形県鶴岡市様の地域防災計画にRiverCastを組み込んでいただき、東北地方整備局様からもRiverCastの活用事例をご紹介いただきました。また建設業界では工事現場の安全管理に利用されており、鹿島建設様をはじめ幅広いエリア(九州/北陸/関東/近畿/東北地整様ご発注の工事)で多くのお客様にご利用いただいています。

 これからもステークホルダーの皆さまとつながり、協力をいただきながら「RiverCast」の事業を推進していきたいと考えております。

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