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コラム:“情報産業の国際化“に向けて

コラム:“情報産業の国際化“に向けて
著者名富野 壽
刊行日2001.5.17

コラム

 

当社の翻訳・出版は“情報産業の国際化”に向けて投ずる一石である
2001.5.17 富野 壽

世界のソフトウェア産業は広くかつ急速に発展しているが、我が国のソフトウェア産業の国際化は遅れている。

 

ソフトウェア産業の国際化において本質的に重要なことは、

 

  • • 国を越えて技術および技術情報が自由に流通することであり、
  • • 国を越えてビジネスが自由に行えることである。

 

その結果の貿易不均衡、ないしは金銭や製品の流れが一方的であるか否かは、別の問題である。

 

産業の発展に競争は不可欠である。現在、米国で開発されたソフトウェアパッケージが世界マーケットにおいて占める割合は、7~8割に達すると言われている。情報産業において最大のマーケットを持つ米国では、当然ながら多くのビジネス参入者がおり、したがって競争も激しい。

 

一方、我が国では、いわゆる情報産業マーケットはすでに10兆を越えたものの、残念ながらいまだに価格競争を除けばほとんど競争らしい競争は存在していない。ハードウェアとのアンバンドルの遅れ、系列会社との間に長く根づいたビジネス慣習などから、国内での競争が著しく低調である。さらに、日本語という自然の障壁に守られているため、国際競争も低調である。

 

工業製品的な色彩の強くなったソフトウェアのみならず、一品生産的なソフトウェア受託開発においても、何らかの形で競合状態を作り出すことが、世界に通用する技術を進展させる早道であろう。今、まず作り出されなければならない状況は、国内における競争状態の現出である。

 

競合に優位に立つためには世界の優れた技術にアクセスできなくてはならない。ここで言う優れた技術とは、必ずしもアカデミックなものではなく、むしろすでに一定の効果が明らかな実務家の用いる技術である。

 

我が国のソフトウェア開発技術が諸外国に遅れをとっているとは思わないが、世界は広く、そこには我々の知らない優れた技術手法や開発プラクティスがまだ多く存在している。しかし、我が国の実務技術者にとってそのような技術情報へのアクセスは事実上非常に限定されている。容易に入手できる日本語化された技術情報は"How to"もの以外には著しく少ないのである。今や外国語情報を手に入れるのは決して困難ではないが、残念ながらそれをそのまま消化する能力と時間の余裕のある実務家は少なく、一方、翻訳出版しても商業的にはペイしにくい状況がある。したがって、今のままでは事実上、実務家は“How to”もの以外の国際的な技術情報にほとんどアクセスできないと言ってもよい。

 

当社においてはこのような状況認識に基づき、研究開発部門を中心として我が国ソフトウェア産業の国際化の一助とするために、先進性の高い情報技術文献を日本語化して紹介することに努力を傾けている。もちろん手当たり次第に技術文献を紹介するのは困難であると同時に意義が薄いので、当面はソフトウェア工学の中でも「開発生産性の向上」、「品質の向上」、そのための「計測・定量化」、あるいは「プロセスのあり方」、「品質評価」といったテーマに限定している。なぜなら日本におけるこの種のテーマの研究は遅れているといってもよい状況にあり、特にプラクティスにかかわる日本語の文献と情報は、各企業内にはあっても公開されるものは決して多くないからである。その意味で、組織的ソフトウェア開発を目指している当社としては、何よりも手法とプラクティスに焦点をあて、採算を度外視して翻訳出版活動を続けてきた。社外からも一定の評価を得ていると自負している。

 

“測れるものは進歩する”とはよく言われる。自他の評価、他者との比較もまた進歩の糧である。一般の実務技術者が外国における技術文献や情報に常に目を向けうる環境作りに多少なりとも寄与し、我が国ソフトウェア産業の発展に役立つことを願っている。

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