Story. 03



長く「水平方向の力」のみを想定していた耐震設計

地震の揺れにより建物には複雑な力が加わります。現在では、実際に観測された地震波を建物のモデルに与え、どの部分でどの向きにどの程度の力がどのように加わるかを、時間を追って細かく解析し、設計に役立てることが可能です。立体3軸に時間軸を加えた4次元の解析です。

一方、コンピュータがなかった時代の耐震設計では・・・

加わる力が建物自重の何倍に当たるかを「設計震度」と呼びますが、経験則も踏まえてこれを適切に設定することが、実用的な耐震設計の手法として広く普及しました。1923年の関東大震災を経て法令で設計震度が0.1に、1950年の建築基準法改定で0.2とされ、現在も多くの建物の耐震設計に震度法の考え方が採用されています。


「縦揺れが被害を増やす」という新潟中越地震の教訓

2004年10月23日の新潟中越地震では、大規模な斜面崩壊が同時多発し大きな被害をもたらしました。数多くの土砂崩れ現場の中でもとりわけ有名なのが「妙見堰(みょうけんぜき)」です。生き埋めになった幼児の救出劇の舞台としてだけでなく、防災関係者の間では別の意味でも知られています。この地震における最大加速度を記録したのが、国交省がここに置いていた地震計でした。震源の深さ約13kmという直下型地震の震央から約7kmの距離での横揺れの最大加速度は1500 gal以上、阪神・淡路大震災時の神戸海洋気象台の倍近い数値でした。しかも特筆すべきはその鉛直成分で、重力加速度に匹敵する約800 galという過去最大級の数値が記録されています。

そしてこの縦揺れは予想外の被害をもたらしました。隣接する十日町市で展示されていた国宝の縄文式土器が転倒・破損したのです。横揺れを10分の1程度にまで軽減する免震テーブルなど十分な対策が取られていたはずだったのですが、結果的に十分ではありませんでした。

先に挙げた震度法の考え方の中核には、「地震力を水平力に代表させる」という発想があります。構造設計におけるセントラル・ドグマのようなこの思想が、知らず知らずのうちに設計者の思考を、2次元の世界に引き留めてしまっていたのではないか――。そうした反省も直下型地震における「縦揺れ」に対する警戒感を強める方向に作用しました。


積層ゴムだけでは難しい「鉛直」の揺れの軽減

鉄板とゴムを交互に重ねた「積層ゴム」で建物の躯体を支え、水平方向の揺れを減らす「免震ビル」はもはやめずらしいものではなくなりつつあります。しかし鉛直方向の揺れも軽減しようとすると途端にハードルが高くなるのも事実です。

「宮崎アニメに出てくる天空の城ラピュタのように安定して浮かんでいてほしいのですが、ただ浮かせただけではハウルの動く城のような騒々しい建物になってしまいます。軸周りの回転運動をどう抑制するかがひとつの鍵でした。」(技師長・高橋治)

建物として世界で初めて、3次元免震機構を備えた「知粋館」は、1)"積層ゴム"による水平方向(横揺れ)免震、2)"空気ばね"による上下方向(縦揺れ)免震、そして、3)"ロッキング抑制付オイルダンパーシステム"による上下方向のロッキング動(コマのように傾斜回転して倒れ込もうとする動き)抑制により、建物の3軸6自由度の動きを制限しています。

研究用のサイズの装置を単純に大きくするだけで検証は可能なのか。そもそも建物の重さは何トンになるのか。世界初の試みを建築基準法にどう対応させるか。装置のメンテナンスはどうするか......。多くのハードルをクリアして免震技術は2次元から3次元の世界に羽ばたきました。


免震技術に3次元の視点を与えた最初の一歩

KKEの創業は、構造設計の専門技術者が注目を浴び始めた昭和30年代のことです。コンピュータ自体がまだ珍しかった頃から、構造設計の分野にいち早く導入してきました。現実の地震波で建物の挙動を見る動的解析などは、古くは水平力のみで考えられてきた構造設計の世界に、時間軸という新たなディメンションを加える考え方といえます。KKEはそうした革新の現場の最前線に常にいました。だからこそ、免震技術に新たなディメンションを加える革新にも、積極的に取り組んできました。

「3次元免震は長く東大の藤田名誉教授が研究され、技術的には確立し実用化はこれからというタイミングでした。世界初と言うのは簡単ですが、課題も多く本音では「本当にできるのか」という想いもありました。しかし、共同開発元の清水建設さん、カヤバシステムマシナリーさんも困難な仕事に最後まで付き合ってくださり、社内も含め、関係者全員の熱い思いと温かいご支援のおかげで実現することができました。」(構造設計部・富澤徹弥)

ハードウェア、法令、資金、技術。そのすべてをコーディネートできる立場にいたKKEにとって、やらねばならないプロジェクトでした。「量産化に弾みがつけば、より手頃な価格で多くの建物に実装することができます。どんな地震が来ても揺れを軽減できるテクノロジーが現実になりつつあることを、多くの人に知ってもらいたい」(富澤)

2005年からスタートしたプロジェクトが完成し、竣工のニュースリリースを出したのは2011年3月3日のこと。はからずもその8日後に東日本大震災が起き、その性能が立証されることとなりました。免震技術を3次元の世界に押し上げた最初の一歩として、「知粋館」をもっと多くの人に知ってもらいたいと思います。